やうに忘れられ、相手にもされなくなるといふことは、生きてゐる人間にとつては我慢のできないことであつた。
こゝの世界で發行されてゐる新聞が時々配られる。それにはいろいろ耳寄りなことが書いてある。所内には新しくラヂオが据ゑつけられ、收容者に聞かせることになつた、圖書閲覽の範圍が擴大された、近いうちに、巡囘活動寫眞が來る、等々。だがそれらはすべてこの一廓の人間にとつては全く無縁の事柄なのである。病人は寢てゐるのが仕事だ、惡い事をしてこゝへ來て、遊んで寢そべつて、しかも毎日高い藥を呑ませてもらつてゐるとは、何と冥利の盡きたことではないか、といふのであつた。――刑務所内の安全週間の無事に終つた祝ひとして、收容者全部に砂糖入りの團子が配られ、この隔離病舍にだけはどうしたものかそれが配られず、後で炊事擔當も病舍の擔當もこゝの事は「忘れて」ゐたのだ、と聞かされた時、とうとう鬱結してゐたものが一人の若者の口から迸り出た。「なに、忘れて居たつて! ようし思ひ出させてやるぞ!」雜居三房にこの二た月寢つきりに寢てゐたひよろひよろした肺病やみの若者がいきなりすつくと立ち上つた。あつけに取られてゐる同居人を尻目
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