社會から隔離され忘れられてゐる牢獄のなかにあつて、更に隔離され全く忘れ去られてゐる世界がこゝにあつたのだ。何よりも先づ何か特別な眼をもつて見られ、特別な取扱ひを受けてゐるといふ感じが、新しくこゝへ連れ込まれた囚人の、彼等特有の鋭どくなつてゐる感覺にぴんとこたへるのであつた。十分間おきぐらゐにはきまつて巡囘する筈の役人もこの一廓にはほんのまれにしか姿を見せなかつた。例へ來てもその一端に立つて、全體をぐるりと一と睨みすると、そそくさと急いで立去つてしまふのである。擔當の看守はもう六十に手のとどくやうな老人で、日あたりのいい庭に椅子を持ち出し、半ばは眠つてゐるのであらうか、半眼を見開いていつまでも凝つとしてゐることが多かつた。監房内にはだからどんな反則が行はれつゝあるか、それは想像するに難くはないのである。すべてこれらの取締上の極端なルーズさといふものは、だが、決して病人に對する寛大さから意識して自由を與へてゐる、といふ性質のものではなく、それが彼等に對するさげすみと嫌惡の情とからくる放任に過ぎないといふことは、事毎にあたつての役人たちの言動に現はれるのであつた。用事があつて報知機がお
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