ながら監房の中に消えて了つた。その笑ひ聲に應じて、今まで靜かであつた監房の中にもわつといふ叫び聲が起り、急に活氣づいたやうな話し聲がつゞいて聞えて來るのであつた。すつかり慘めに打ちひしがれた思ひで太田は自分の寢臺に歸つた。いつか脂汗が額にも脊筋にもべとべととにじんでゐた。わきの下に手をあてて見ると火のやうに熱かつた。二三分、狹い監房の中を行つたり來たりしてゐたが、それから生温い水にひたした手ぬぐひを額にのせてぐつたりと横になり、彼は曉方までとろとろと夢を見ながら眠つた。

     3

 朝晩吐く痰に赤い色がうすくなり、やがてその色が黒褐色になり、二週間ほど經つて全然色のつかない痰が出るやうになり、天氣のいい日にはぶらぶら運動にも出られるやうになつた頃から、漸く太田にはこの新らしい世界の全貌がわかつて來たのである。こゝへ來た最初の日、雜居房の大男が、「ハイかライか?」と突然尋ねた言葉の意味もわかつた。この隔離病舍の二棟のうち、北側には肺病患者が、南側には癩病患者が收容せられてゐるのであつた。癩病人と棟を同じくしてゐる肺病患者は太田だけで、南側の建物の一番東のはしに只ひとりおかれてゐた
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