いんだらうと思ふんだが。」
「あゝ、肺病か。」
 突つぱねるやうに言つて、それからペツとつばを吐く音がきこえた。
「あんたも病氣ですか、なんの病氣です? そしていつからこゝに來てゐるんです。」
 明らかに輕蔑されつき放された心細さに、いつの間にか意氣地なくも相手に媚びた調子でものを言つてゐる自分をさへ感じながら、太田はせき込んで尋ねたのであつた。
「わしは五年ゐるよ。」
「五年?」
「さうさ、一度こゝへ來たからにや、燒かれて灰にならねえ限り出られやしねえ。」
「あんたも病氣なんですか、それでどこが惡いんです?」
 男は答へなかつた。くるつと首だけ後に向けて、ぼそぼそと何か話してゐる樣子だつたが、又こつちを向いた。その時氣づいたことだが、彼は別にふところ手をしてゐる風《ふう》にもないのだが、左手の袖がぶらぶらし、袖の中がうつろに見えるのであつた。
「わしの病氣かね。」
「えゝ、」
「わしは、れ・ぷ・ら、さ。」
「え?」
「癩病だよ。」
 しやがれた大聲で一と口にズバリと言つてのけて、それから、ざまア見やがれ、おどろいたか、と言はんばかりの調子でヘツヘツヘツとひつつるやうな笑ひ聲を長く引き
前へ 次へ
全77ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング