轉房だ、急いで。」
 看守は簡單に言つたまゝずんずん先に立つて歩いて行く。太田は編笠を少しアミダにかぶつてまだふらふらする足を踏みしめながらその後に從つたが、――さうしてやがて來て了つたこゝの一廓は、これはまたなんといふ陰氣な靜まりかへつた所であらう。一體に靜かに沈んでゐるのはこゝの建物の全體がさういふ感じなのだが、その中にあつてすらこんなところがあるかと思はれるやうな、特にぽつんと切り離されたやうな一廓なのである。成るほど刑務所の内部といふものは、行けども行けども盡きることなく、思ひがけない所に思ひがけないものが伏せてある(原文三字缺)にも似てゐるとたしかに此處へ來ては思ひ當るやうなところであつた。もう秋に入つて日も短かくなつた事とて、すでにうつすらと夕闇は迫り、うす暗い電氣がそこの廊下にはともつてゐた。建物は細長い二棟で廊下をもつて互に通ずるやうになつてゐる。不自然に眞白く塗つた外壁がかへつてこゝでは無氣味な感じを與へてゐるのである。この二棟のうちの南側の建物の一番端の獨房に太田は入れられた。何か聞いて見なければ心がすまないやうな氣持で、ガチヤリと鍵の音のした戸口に急いで戻つて見た
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