うな、又涙ぐんだやうなこゑで、せかせかした口調で話すのであつた。長い間のここでの生活と、彼がつきおとされた運命の苛烈さのゆゑに、すこしは頭もみだれかけて來たものであらうか。頬はおちくぼみ、顎はへんに尖つてゐ、頭はいがぐりなので顏全體がいぢけた子供のやうに小さくしなびて見えた。黒い眼鏡のかげにかくされてゐる兩眼は、おそらくは白濁してうつろに見ひらかれてゐるのであらう。その顏をきつとこつちに向け、しやべつてゐる、唾の白くたまつた口元などを見てゐると、昔この男が颯爽として演壇にのぼる姿を見たことのある佐藤辯護士は、何か凄愴なものをすら感じ、しばしはその言葉も耳にははいらず、言ふべき言葉も知らずただもだしてゐたのである。古賀にしてみればしかし、彼は今よろこびの頂點にあるといつていいのだ。むかしはむしろ無口といはれたはうで、大抵のことはぢつとうちに貯へてだまつてゐることのできる性分の男であつたのだが、目がさうなつてからは本はよめず、手紙は書けず、さうかといつてはなす相手はなし、どこへ向つても心に鬱結するものの捌け口は閉ざされてしまつてゐた。さうしてそれはまたなんといふ苦しみであつたことだらう! 
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