くであらう。佐藤氏の場合はその小さな一つの例にすぎないのだ。
「山田さんは御元氣でせうね。」
「えゝ、元氣です。詳しいことはまだお話することはできませんが。」
「あなたは實際とんでもない不仕合せな目にあはれたものだが……、それだけでも當然即時保釋にすべきだとぼくらは思つてゐるんだが、どうもねえ。目をわるくされてからもうどのくらゐになるんです。」
「えゝ、早いものでもう一年以上です。あれは忘れもしない去年の八月の五日で、一審公判のはじまる半年ほど前のことでしたから。あの當座はおはづかしいはなしですが、私もしばらくは半狂ひのやうになり、わけのわからないことをぶつぶつ言つては、房のなかをぐるぐるまはつてあるくといつたていたらくで、人のはなしにもずゐぶん變な言動が多かつたといひますが、この頃では餘程おちついて來たんです。……」
 古賀は堰かれたものがほとばしり出たやうな勢でべらべらとしやべりはじめたのである。辻褄の合つたやうなまた合はないやうなはなしになつて言葉はながれて行つた。その當時の彼の苦惱についてくどくどと述べるかと思へば、突然彼の事件の發生當時のことに話が逆もどりしたりした。訴へるや
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