ぼのと明るい光がさしてくるのであつた。さういふ明暗のくりかへしを古賀は幾囘も/\經驗した。春、夏、秋、冬と失明してから丁度一年をおくり、その季節々々のかはり目にはことに自然の影響を今までになくはげしく受け、からだの弱つた時にはやはり心の弱り方もひどかつた。しかしつひには古賀も行きつくところへ行きついたものであらうか。この頃では明るい光をみることの方が多くなり、折々は陰翳《かげ》がさしても自分の工夫でそれを拂ひのけることができるやうになつたのである。
 最初古賀がその前にをのゝいた冷酷な現實の、個人の幸不幸を一切度外視して悠々とまはつてゐる歴史の齒車の、その前に立つて今の彼はもうふるへてはゐない。彼は目をおほはずにその前に立つことができる。いや、この頃の彼は赤はだかな現實の姿を見、その姿について思ひを潜めることが、自分の心を落つけるにいちばんいゝ方法であるとさへおもつてゐるのだ。個人の運命を無視して運行する歴史の齒車も、實は人間によつてまはされてゐるのであり、古賀もかつてはそのまはし手の一人であつた。だが途中であやまつて無慘にはねとばされ、今は癈兵となつてのこされてゐる。さういふ自分自身
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