母は歌舞伎でないことを不滿がりながら、しかし子供のやうに喜んだ。幾つかの番組のなかに母と子を主題にした劇が一つあつた。結末は通俗なハツピー・エンドだが明らかにゴルキーの母をいくぶんか模したものであつた。見てゐる母はいくども吐息をついて言つた。
「よくやるのう、まるでうちの親子そのまゝぞい。」
歸りのはげしくゆれる電車のなかで、母はいくどもその夜の印象を語つた。そして生きてゐるうちに一度いい歌舞伎が見たいと言つた。雜誌の色刷りの口繪かなにかで名優の仕ぐさを見、いろいろ空想し、たのしんでゐるらしいのであつた。ぼろ電車のはげしい動搖からまもるために、手を脊なかからまはして母の小さなからだを抱きながら、古賀は、
「あゝお母さん、こんどは東京の歌舞伎につれて行つてあげますよ」と、あきらかな嘘を言つたのである。……
それから二日後の晝、母が畠に出てゐる間に古賀は家を出てそれつきり歸らなかつた。かんたんなおき手紙のなかには飜譯の稿料を入れておいた。もう稻刈のはじまる季節であつた。空も水も澄み切つて、故郷の秋は深い紺碧のなかに息づいてゐた。――その後年を經て親子がふたたび逢つたところは、いま古賀が
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