急速に老いるものであるかといふことを古賀ははじめて知つたのである。
「よう丈夫で歸つたのう」といふと、母の日に燒けた頬にはみるみる大粒の涙がつたはつた。
翌日から古賀は、遊んでゐる間にと東京で引受けて來た飜譯の仕事にとりかゝつた。少しは金にもなるのだつた。夜、母は机に向つてゐる息子の側でおそくまで針仕事をしてゐた。時々、「これ、通してけれ」といつて目をこすりこすり古賀の前に針と絲とを出すのであつた。古賀の若いたしかな目は待つ間もなく針めどに絲をとほすことができた。絲を絲まきにまく手傳ひをさせられることもあつた。さういふ息子の姿を見るときの母の目はやさしくうるんでゐた。母は東京での古賀の生活について少しも聞かうとはしなかつたし古賀も別に話はしなかつた。母は息子を信じてゐたのだ。惡者であるといはれてゐた息子は、歸つてみれば昔よりもやさしく言葉や態度はぐつと大人びて何か頼もしいものさへ感ぜられるのだつた。
三月ほど經つた。東京からはしきりに手紙が出來し、歸らなければならない日が近づいてゐた。さういふある晩、古賀は村から五里はなれたT市へそこの劇場にかゝつた新派劇を見せに母を連れて行つた。
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