ぐそばによりそつてくる看守の肉體をかんじ、その看守の人のいい髯の濃い顏が記憶のなかにうかんでくると、古賀は、
「誰ですか?」
 と聞いてみた。看守は、うん、と答へ、それから古賀の耳の近くでパラ/\と紙をめくる音がしたが、「あゝ、辯護士面會だ、佐藤辯護士」といつた。
 面會室へはいると、古賀は机をへだてた向ふに、さつきから待つてゐるらしい人のけはひを感じた。挨拶をし、それから椅子に腰をおろした。「やあ、ぼく佐藤です、おはじめて」と快活な太い聲でその人はいひ、それから鞄の金具のぱちんといふ音と、つゞいて机の上に取り出されるらしい書類の音がさらさらときこえるのであつた。
「山田君からあなたのことは始終きいてゐたんですが、……とんだ御災難でしたねえ。それにこんなところでさぞ御不自由でせう、お察しします。」
「ええ、ありがたうぞんじます。こんどはどうもいろいろお世話樣になります。」
「じつは、控訴公判の日取がきまつたんですよ。」
「あ、いよいよきまりましたか。そいつはおもつたより早かつたですね。」
「まだはつきり何月何日ときまつたわけぢやないんですが、大體、來月下旬頃とほぼ確定したんです。今日、
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