恐ろしいひびきをその壁の内部に坐つてゐる者たちにまでつたへるのであつた。氣の小さい者はそのもの音にぢつとしては坐つてをれず、おもはず立上つてはいくどもそこの小さな覗き窓から外をうかがひ、房のなかをうろうろし、みじかい時間のうちに何度も小用に行つたりするのである。晝すぎになるとしかし朝のうちのさういふさわがしさもいつか消えてゆき、人々は心の落つきを取りもどすと同時に、ものみなを腐らす霖雨のやうな無聊に心をむしばまれはじめるのである。――さういふ靜けさのなかに、近づいてくる靴の音を聞き、耳の鋭くなつてゐる古賀はすぐにその靴音の主が誰であるかを悟つた。さうしてそれが近づいてくるに從つて、なんとはなしに自分のところへやつてくるもののやうに感ぜられるのであつた。はたしてそれはさうだつた。靴音は彼の房の前まで來て立ちどまり、やがて、扉があいた。うながされるまゝに古賀は机の上にのせてあつた黒い眼鏡をかけ編笠をかぶつて外へ出たのである。
「おい、こつち/\」と二度ばかり注意はされながら、人に手を取つてもらはなくてももうだいぶあるくになれて來た長い廊下を行き、つきあたりを右へまがり――そのまがりしなにす
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