ぐ前の庭に、日に向つて絢爛なそのもみぢ葉をほこつてゐるにちがひない、一本の黄櫨《はぜ》の木などがおのづからうきあがつてくるのであつた。陽は彼の垢づいた袷をとほしてぬくもりを肌につたへ、彼はしばらくのあひだわれ知らずうつらうつらとした。長いあひだ忘れてゐた、ふしぎなあたたかい胸のふくらみを感じるのであつたが、同時にさういふ自分の姿といふものがかへりみられ、秋の日の庭さきなどでよく見かける、動く力もなくなつて日向にぢつとしてゐる蟲の姿に似たものをふつと心に感じ、みじめなわびしさに胸をうたれるおもひであつた。――ちやうどその時、向ふの廊下をまつすぐにこつちへ向いてくる靴のおとがきこえてきた。
午後になるとこゝの建物のなかはひつそりと靜まりかへるのであつた。朝は、こゝの世界だけが持つてゐるいろいろなものおとが、――役人たちのののしりわめく聲、故意にはげしくゆすぶつてみるのであらうとおもはれる彼らの佩劍のおと、扉をあけ又しめる音、鍵や手錠のしまる時の鐵のきしむ音、出廷してゆく被告たちの興奮をおし殺したさゝやきの聲、――さういつたもの音が雜然としてそこの廊下に渦をまき、厚い壁と扉をとほし、それは
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