うになつてからはじめて彼は手を休め、いろんなもの思ひにふける。頭が疲れてくると、また立上り、手さぐりで掃除をしたり、狹い房の四方の壁に氣づかひながら體操をしたりする。――朝のうち、古賀はいくどかそんなことをくりかへし時間を相手に必死の組打ちをするのであつた。しかし――あらゆるたゝかひののちに、結局はやはり壁に脊をもたせ、茫然としてすわるよりほかにはないのである。
 ――古賀は顏をあげて高い窓とおもはれるあたりに向つて見えない目を見張つた。その年の十月といふ月ももう終りに近づいてゐた。今日は朝から秋らしくよく晴れた小春日和のあたゝかさが、光を失つた彼の瞳にもしみるおもひがするのである。日は靜かにまはつて彼の脊をもたせてゐるほうの壁にもう明りがさしてゐる時刻である。手をうしろへまはしてさぐつてみると、はたしてほんのわづかの廣さではあつたが、つめたい石の壁がほのかなぬくもりをもつてその手に感じられるところがあつた。古賀はすわつたまゝ靜かにそこまでからだをずりうごかして行つた。高い窓からわづかにもれてゐる秋の陽ざしのなかにはいると、古賀の眼瞼には晴れ渡つた十月の空や、自分の今すわつてゐる房のす
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