て馬鹿馬鹿しいもののやうに思はれて來るのである。さういふ考へが一段と高い立場であり、窮極の行きどころのやうに一應は考へられてくることはなんとしても否めない事であつた。「社會」から隔離されてゐるこの世界にあつては、ひとり古賀のやうな異常な場合でなくてもすべての人間にとつてかういふ考へが支配的になる根據はあつたのである。しかし古賀はひとまづそこに落着きはしながら、心の奧ではそこが畢竟一時の腰かけにすぎないといふ氣持を絶えず持つてゐた。理論的に問題を解決してゐない弱味をはつきり自覺してゐたからである。いはば、それは、はげしい打撃にうちひしがれた彼の感情がずるずるべつたりに到達した場所にすぎなかつた。昔彼の立つてゐた立場はまだ少しも手をふれることなくそのまゝであつた。そして心の奧底では、古賀にはやはりその立場を信ずる氣持があつた。そこへやがてはもどつて行ける時がくるやうな氣持がほのかにしてゐた。――彼がしばらくでも腰をおちつけてゐたその立場が案外に早く崩れねばならない時がしかしやがてやつて來た。古賀が第一審の公判廷に立たされる日がさうしてゐるうちに近づいて來たのである。
 あたらしい身を切るや
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