歸り、そこから筋道を立ててものごとを考へてみるだけの心の餘裕をとりかへしてはゐなかつたのだ。彼が再たび起ち上つてくるまでには、なほ長い暗中模索の時が必要とされたのである。――さうしてかなり長い時を經たのちに、古賀が最初に心を落着けたところといふのは、一つのあきらめの世界であつた。それは必ずしも宗教的な意味を含んで言ふのではない、捨小舟が流れのまゝに身を任せてゐるやうにすべてを自然のまゝに任せきり、いづこへか自分を引ずつてゆく力に強ひて逆らはうとはせずそのまゝ從ふといふ態度であつた。なるやうになるさ、とすべてを投げ出した放膽な心構へであつたともいへる。今まで輕蔑し切つてゐた、東洋的な匂ひの濃い隱遁的な人生觀や、禪宗でいふ悟りの境地といつたやうなものがたまらない魅力をもつて迫つて來たりした。さういふ氣持におちつくための方法として古賀は好んで自分の貧しい自然科學の知識をほじくり出し、はるかな思ひを宇宙やそのなかの天體に向つて馳せ、やがてはほろびるといはれる地球のいのちについて考へたりそれからそのなかに住む微塵のごとき人間の姿について思ひを潜めたりするのであつた。すると世の人間のいとなみがすべ
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