した》くつつくのをふせぐためであらう、睫毛はみじかく剪りとられてしまつた。一滴々々おとされる硝酸銀水が刺すやうにまたゑぐるやうに目のなかで荒れまはるのであつた。看病夫は二時間おきぐらゐに何千倍かの昇汞水とおもはれる生温かい液體で目のなかを洗つてくれた。それがすむと冷たい藥液をひたしたガーゼで靜かに目の上をおほひ――そして古賀は高熱にうかされながら、うつらうつらしてゐるのであつた。「どうしたんでせう、大したことはないでせうね?」と訊いたとき、看病夫が、「俺たちにやわからねえよ」といつた。その言葉は彼らにしてみればあたりまへのことを言つたにすぎないのであらうが、その時古賀にはおそろしくつめたいひびきをもつてきかれたのである。夕方かへりしなに、醫者は看病夫をよんで何かひそひそと話し合つてゐる樣子であつた。交替で徹夜して看てやれよ、といふやうなことも言つてゐた。その言葉はなにかおそろしい不吉なものを古賀に豫想させずにはおかなかつたのである。トリツペルをやつたことがあるか? と訊かれたときにちらと兆した、そして餘りの恐ろしさにむりやりに心の隅の方へおしやつて、事もなげなふうをよそほつてゐたその不
前へ
次へ
全59ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング