安が、新たな強い力で今つきあげて來たのである。聲をあげて醫者を呼ばうとしたが、言葉がのどのへんでひつつつたまゝどうしても出ないのであつた。「眞實を知ることの恐ろしさ」がそれを拒んだのである。高い天井に電燈のともる頃には、泣き出したいやうな氣持にさへなり、夜ふけて田圃をぶるぶるふるへながらあるいた子供の時の心がよみがへつてくるのであつた。強い睡眠藥のたすけをかりてうとうとと眠りにはいりながら、「風呂で顏を洗ふなよ、風呂で顏を洗ふなよ、」と、入浴の時、ときどき注意してゐた浴場擔當のこゑを、古賀はぼんやり夢のなかで聞いてゐた……。
 朝、とおもはれる時刻に古賀は目をさました。
 目のまへは、うすぼんやりとくらいのである。
 古賀はおもはず目の上のガーゼをかきむしつて取つてしまつた。しかし暗さはおなじことであつた。
「先生。」
 と、古賀はどなつた。しかし、返事はなかつた。
「看病夫さん。」
 と、彼はふたたびどなつてみた。しかし誰も答へるものはない。
 枕もとに近い廊下では、朝のいとなみとおもはれるもの音がもう忙はしげにきこえてゐるのである。古賀はぞつとして恐怖におそはれて寢臺の上にガバとは
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