て彼がそのために苦しんだのはひどい汗もと血を吸ふ蟲とであつた。古賀の身體は、青白い靜脈が皮膚の下にすいて見えるといつたやうな、薄弱な腺病質からははるかにとほいものである。拘禁生活もまだ一年足らずで、若々しい血色のいい皮膚はまるく張り切つてさへ見えたのであるが、それが土用にはいると間もなく眞赤にたゞれてきたのである。しぼるやうに汗みづくになつた(原文四字缺)が粗い肌ざはりでべとべとと身體にからみつくのであつた。夜は夜で汗もにただれたその皮膚のうへを、平べつたい血を吸ふ蟲がぞろぞろと這ひまはつた。おもはず起き上り、敷ぶとんをめくつてみると、そのふとんと蓙《ござ》の間を長くこゝに住みなれ、おそらくは(原文七字缺)の血を吸ひとつたであらう、貪慾な夜の蟲どもが列をみだして逃げまどふのであつた。おなじやうに眠られないでゐる男たちの太い吐息が、その時いひあはしたやうにあちらこちらからもれてくる。――さういふ古賀が、どんなによろこんで五日に一度の入浴を待ちかねてゐたかは想像するにかたくはない。
 疊半分ぐらゐの一人入りの小さな湯ぶねである。古賀は既決囚であつたせゐか、いつもいちばんあとまはしにされ、そ
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