の日もやはりさうだつた。彼がはいるまへにもう何人の男たちがこの湯ぶねの湯を汚したことであらう。半分に減つてしまつた湯のおもてには、(原文二十九字缺)。足を入れると底は(原文四字缺)であつた。それからなにか、(原文八字缺)のやうなものも沈んでゐるらしく足の先にふれるのであつた。洗ひ場を見ると、そこはまたそこで、コンクリートのたゝきの上には、(原文十三字缺)とくつついてゐたりするのであつた。(原文十二字缺)川のやうな臭ひもながれてゐた。――しかしさういふ不潔さにはもうみんなが慣れてゐたのである。だいいち、不潔だなどといつてはゐられないのだ。古賀もまたさうだつた。古賀はからだをとつぷりとその湯のなかにつけた。ただれた皮膚にぢーんと湯がしみる。無理に肩までつかつてぢつと目をつぶつてゐると、彼はいつもなにかもの悲しい、母のふところにかへつてゆく幼兒の感傷にも似たものおもひに心をゆすぶられるのであつた。――しかしさうしてをれるのも、ほんのわづかのあひだである。「もう時間だぞ、出ろよ」と、擔當看守がそこの覗き穴からのぞいて言つて行くからである。さう言はれてから、古賀はあわてゝからだを洗ひはじめるので
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