を見ると、一枚の田全部の稻が横倒しに倒れてゐる。富國種にくらべるとずつと莖が長い。「ああなつてゐる上に、あつたかい雨でも降ると、芽が出るんですよ。富國にはそれがないんです。」
「富國といふのはかういふんです、見たところもちよつと變つてゐるでせう。」青年はさういつて、穗からちぎつて、米粒を出して、私の手のひらにのせてくれた。見るとなるほど、肥つたまるい形でよほど變つてゐる。私は生米を口に入れて噛んだ。
 私達が豐穰を喜んでしきりに云ふと、青年は却つて頭を横にふつて、いやいやこれで案外にしいな[#「しいな」に傍点]もまじつてゐるらしいから全體としてはまだ何ともいへぬといつて、大したことはあるまいといふことを強調しさきの自分の言葉を打ち消すかのやうであつた。一體に百姓はいいといふことは云はぬものなのだ。百姓のずるさに見えることもあるが、そればかりではなくて、それだけ百姓はいざといふ土壇場に於てはぐらかされ續けて來てゐるのである。
 樂しい夢想をし續けたあとからすぐにも自分のその考が空恐ろしくもなるものらしい。つねに最惡の場合を考へて生きてゐる。
 馬屋を見たり、納屋へ入つて農具の説明を聞いた
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