の法學士だなどと思ふものは恐らく一人だつてないだらう。以前から生れながらの百姓の友のやうな男だつたが、今度逢つて見ると愈々さうなつてゐる。
 ゴルフパンツをはいた紳士、村の商人らしい男、百姓などが彼に挨拶する。彼等と言葉を交してゐるMは私などを惚れ惚れさせる。Mがこの地方に住みついてからもう十三年になる。大學を出たその年からだ。此頃は市内に住んでゐるが、長く村に住み慣れてゐた。その後暑さ寒さの何年かを冬は流氷の流れ寄る網走《あばしり》に送つた。再び上川《かみかは》に歸つて來てからは、劍淵《けんぶち》村の市街地に住んで自分で鍬を取り、冷害による凶作の慘をつぶさになめもした。彼とこの平野の人々との間のつながりはさうして深く緊密なものになつて行つた。彼は自分につぐなはねばならぬものがあるとすれば、それは口舌にはよらず行動によつてでなければならぬことをひしとばかり感じたのであつたらう。國と人民とを愛する心がどんなにか深くなければ彼の今日のやうな貧窮に人は長く堪へて行くことは出來ぬ。よし堪へ得てもそのただ中にゐて、信ずる所あるものの莞爾たる笑ひを彼のやうには笑ふことは出來ぬ。
 農民運動やそれに
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