ある。……
 ふたたび表の戸が開く音がし、すぐに一人の男があがつて來た。見上げるやうに高い、横もがつしりとした男である。
「ああ、小泉、」
 と低く叫んで杉村はその方へ走り寄つた。
「どうしたんだ。何をしてるんだ。灯りもつけんで。」
 灯りがつき、彼らは白い光りのなかに複雜な感情のこもつた眼と眼を交した。小泉はそこに立つて、自分の肩ほどの仲間の顏を見下すやうにして、一人々々ぢつと見据ゑた。彫りこんだやうに凹凸の深い彼の顏はいつも變らぬ靜寂を湛へながら、その眼の輝きはさすがに押へ得ぬ興奮を示してゐる。みるみるその顏に血がのぼつた。どんな感情が仲間たちをとらへてゐるかを見拔いたのである。鋭い聲が威壓する力に滿ちて彼の口をもれて出た。
「何をくだらんことを考へてるんだ。何一つまだ終つてやしないぢやないか。はじまつたばかりだ、……しなけりやならん仕事はわかつてゐる筈だ、みんなすぐ部署につくんだ。」
 まつすぐに部屋のまんなかに進み、てきぱきした事務的な口調で彼はつゞけた。
「今後の連絡、會合についての打合せをしみんなそれぞれの責任地區へ歸るんだ。勝つても負けても選擧の結果報告のための、部落の集
前へ 次へ
全55ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング