たつたか、彼らはそれらについて今はもう何を考へて見ようともしなかつた。急に忘れてゐた疲れが以前に倍したいきほひで襲ひかかつて來た。考へ、動く、あらゆるはたらきをやめてこのままずるずると泥沼のやうな眠りのなかに身を落してしまひたかつた。その場所をもとめるかのやうに彼らはあらためて部屋のなかを見まはした。日がおちると闇の這ひよる足は早かつた。暗くなつた部屋のなかは今朝ものを片づけ、掃除をしたままの姿である。筆や墨汁や、紙の類は片隅によせた小机の上におかれ、謄寫版は久しぶりに箱のなかにをさめられてこれも片隅にあつた。中央には火の消えた火鉢が一つ、燒きすてた反古紙の灰が山をなしてゐる。まる一ヶ月のあひだの足の入れ場もない亂雜を見慣れた眼には、がらんとした部屋の廣さは妙に寒々とした感じである。はげしい言葉を書きつらね、赤インクで彩つたポスターが風にはたはたと音をさせてゐるのを見た時、過去一ヶ月の餘にわたる苦鬪の跡が一瞬のうちに彼らの腦裡をかすめた。すべては無駄な努力に終つたのかとの實感は理窟を越えたものであつた。殘るものはただえたいの知れない暗がりに身心をひきずりこむ抵抗しがたい虚脱感あるのみで
前へ
次へ
全55ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング