べるたのしみにまたふけらうといふのである。
屋上をわたる風が遠くへ落ちて行く。又それが來るまでにはちよつとの間のとだえがある。そのとき家の前の道路の上にずずずーつといふもののすれ動く音がきこえた。かたんといふ何かの音とそれにつづいて人の足音がする。自轉車だな、と聞耳をたてたとたんにもう滑りのいい表戸が開いた。
喊聲をあげて四五人が、一つの塊になつて狹い階段をかけ下りた。――
口々に何ごとかをいひながら肩にかけんばかりにするその手をはらひのけるやうにして、賀川服の若ものが先頭になつて階段をあがつて來た。どうだつた、結果は? とすぐうしろにつづく男がいつてゐる。ちえつ、勿體ぶりやがつて、と最後に階段を上つた一人が低くつぶやいた。
「杉村?」
若ものは眼で探した。鼠いろのヂヤケツの青年がすぐその前に顏を出した。内かくしから出した紙きれを彼の手に渡しながら、
「敗けた、」
と低く一言だけいつた。
多分に危惧を孕む事柄の成つた大きな喜びの前には往々何らかの技巧が行はれがちである。事實をまつすぐにそのまま投げ出さず、一時は反對のものに見せかけてそれのもたらす喜びを益々大きなものにしよう
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