市の公會堂をそれにあててゐる開票場から、二時間前に彼らの傳令が持ち歸つた結果が表になつてそこに貼られてゐる。島田信介四千六百八十五票! 彼は次點者である。當選圏内の最下位者政友會の中川誠也とのひらきは三百票にすぎない。そのときから二時間後の今までの間にそのひらきにどんな變化が生じてゐるかが問題なのだ。そのひらきが埋められ、さらにその上に飛び拔けうる見込みでもあるといふのか? それがあるのだ。願望が描き出すあさはかな幻影ではなくて、現實にそれが滿さるべき充分な根據があればこそ、彼らのおもひはいよいよ一つの方向に驅り立てられずにはゐないのである。報告のもたらされた時の開票にはまだ數ヶ村が殘されてゐた。前田郡の小島、添山、前川の三ヶ村がそのなかにはいつてゐる。その三ヶ村は島田がその代表として選出された無産者黨の母體をなす、事實においては一身同體といつていい貧農組合の壓倒的な地盤なのだ。小島の、添山の、前川の、有權者數合せて××人。そのうち組合員××人はたしかだから……。横になつてゐた一人が急に起上つた。かくしをさぐり、鉛筆と手帳をとり出した。さつきから何囘目かの、豫想を文字にして紙の上になら
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