きな聲でいつて荒々しく音を立てて立上つた男がある。それまで部屋のまん中に長々と寢そべつてゐた一人である。立上ると彼はやにはに腕をふりはじめた。
「ぢつとこんなにして、馬鹿みたいに面《つら》をつき合していつまでも居れるもんか。みんな行かうぜ。開票最後の素晴らしい場面が見られないのは癪ぢやないか。」
「行かうか。」と二三人實乘つて來た。
「そりやだめだ。」と若いしかし落着いた聲がおさへるやうにいつた。鼠色のジヤケツの男である。
「なぜだ。」
「なぜつて、事務所をガラ空きにするわけにやいきやしない。」
「だからよ、一人留守番をおいて行きやいいぢやないか。」
「子供みたいなことをいふなよ。俺たちが今ここに待機の姿勢でゐるのはなんの爲だ。おそかれ早かれ結果がわかるんだ。その結果にもとづいて方針を立てて一刻も早くそれぞれの責任地區に向つてふつ飛ぶやうにするためぢやないか。」
「ふん、もつともなことをいひやがる。」と彼はまたそこにごろりと横になつた。「まるで御馳走を前にしてお預けの形だな。」
人々はみんな聲をあげて笑ひ、同時に彼の最後の言葉に思ひ出したやうに壁の一方を見やるのであつた。四里はなれた
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