のなき一つのいきほひをさへ示したのであつた。それは上げ潮のひた押しに押して來る姿に似てゐた。はじめは誰でもが捨てて顧みなかつたものだけに、今にはかに現實にそれがつかめる見込みがついたとなるとそれだけ逃してはならぬそれへの執着は強く大きかつた。ただそのいきほひで最後の瞬間まで押し切り得るかどうかが疑問だつた。その疑問がいま明らかにされようとする直前の、この息づまるやうにいらだたしい切迫した感じである。
「ちえつ、遲いなあ、一體どうしたつていふんだ。」
うつぶしてゐた一人がふいに顏をあげると、つひに堪へかねたらしい聲を太い溜息とともにあげた。同時に部屋のなかがにはかにざわめきだした。緊張が破れ、ほつとした氣持に息づき、すると急に活々とした多辯が人々をとらへはじめるのであつた。
「もうわかつた頃だと思ふんだがな。」と一人が腕をあげて時計を見ながらいつた。「開票のすつかり終るのは何時の豫定なんだ。」
「四時頃の筈だが――しかし少しはおくれるだらう。」
「今頃は傳令の奴、いいニユースを持つてやきもきしながら自轉車を走らせてゐるよ。」と一人が笑ひながらいつた。
「おい、みんな行かう。」とふいに大
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