。單純な恐怖ではなく複雜なものを孕んだ感情だつた。そしてたとへそれについて訴へる自由が今あたへられたとしても、何人にたいしても話し得ないその事の性質を考へると杉村はたまらなかつた。彼は齒の根も合はぬほどにふるへ、ゐたたまれなくなつて起上り、戸口のところへ立つて行つた。むしやうに人の顏が見たく、さうしたならば氣も樂になるであらうと考へた。
 鐵格子から向うの房内をすかして見て、彼はふたたびあらたなおどろきに打たれた。戸口にちかい壁によりかかつて、これもやはりなにかものほしさうに外を見てゐるのは組合員の一人ではないか。幹部でもなんでもなかつた、しかし日頃から見知り越しの一人だつた。彼はなんのために引かれて來たものであらう。それはいふまでもないことで、もうそんなところまで手をのばしてゐるのかと、馬鹿らしさといきどほりとが一緒になつて胸をつきあげて來るのだつた。しかし思ひがけない顏を見出したよろこびは大きく、かつは知りたいと願つてゐることが聞けるとおもふ豫想にはずむ心はおさへがたく、とんとんと合圖の扉をたたいたのである。
 向うはまつすぐ扉のところまで寄つて來、杉村を認めたやうである。緊張した
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