るで商人の感じである。言葉も標準語を器用に使つた。峠の向うだから萬事におくれてゐるだらうと考へたのはこつち側のひとり合點で、國境を越えたすぐ向うには工業都市として有名な隣縣のY市を控へてゐ、Y市のこの地方にたいして持つ意義は大きかつたのである。
「組合の本部の方からはどの位の費用が出るのでせうな。つまりその何ですな、先生の、こちらへの御滯在の費用として。」と、その會合をT郡組合支部結成第一囘準備會といふことにして、どこに事務所を構へるかといふことになつたとき、さきの男がさぐるやうな眼つきをしていつた。彼はもう冷たい打算を働かしてゐるのだつた。はたして組合にそれだけのねうちがあるかどうかそれはこの秋でも越してみねばわかることではない。そしてそれがわからぬうちはびた一文でも出すことではない。「さあ、私の生活費として十圓ぐらゐでせうね。そのほかに通信費なぞは出ますけれど。」と杉村はいつた。で人々はそれきりしばらくだまつた。いくら田舍だとてそれくらゐの費用で一軒の事務所を構へるといふことは不可能である。彼らはそれから一時間以上にわたつて一つ事のまはりをどうどうめぐりした。杉村を當分彼らのうちの
前へ 次へ
全55ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング