いもの思ひにふけり勝ちで、あつといふ瞬間にはもうブレーキはきかず、夜目には見えぬ砂けむりを立てて自轉車もろとも谷底におちこむ慘事が年に二度や三度はあるのだつた。さういふ地理的條件が、峠のこつち側の町に事務所を持ち、はたらく農民の組織のために奔走してゐる人々にも、いくらかおつくふな氣持を持たせたのであらう、かなり遲くまでさういふ組織とは無縁であつたのである。
だがとうとう時が來、ある日その郡の三ヶ村の有志が町の組合の事務所を訪ねて來た。彼らが歸つたあとその夜遲くまで事務所の二階には燈火が赤々と輝いてゐた。人々は興奮してゐた。とうに誰か適當な人を送らねばならぬと氣にはかかつてゐた、それが今日向うから進んではたらきかけて來たのだ。處女地にはかうして鍬がはいつて行く。だが一體誰をこの未墾の地に送つたものであらう。ここでも仕事は多く人手は極度に少なかつた。今一定の部署がなく仕事を見ならつてゐるのは、この春學校を止してこの土地へ來たまだ若い杉村順吉一人きりだつた。ほかの仲間たちはそれぞれの地區におちついてもう一年二年と經つてゐた。杉村かその古い仲間たちか? 人々はそこではたと當惑したのである。未
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