て》のいいのを見込まれたのが因果ぢやと思へ。百姓にやもつたいない手蹟ぢやけに。」
「ほめてもらうておほきに。」と川上は笑つた。
「日當は帳面の上だけの事やて一文にもなりやへんし、選擧にや敗けるし、――あーあ、ほんまにおれも田中みたいに政友會の辯士さやとはれてしこたまもらへばよかつた。こななことになるんやつたら、裏切者になつたかてそれが何ぢやい!」
最後の捨鉢的な一句には、ふざけたなかにへんに眞に迫つたものがあり、みんな何かを考へさせられた面持である。
ひとり完全に取り殘されたかたちの杉村は、持つて行きどころのない眼を部屋の片隅にうつした。と、彼はそこに意外なあるものを見てにはかにけはしい面持に變つたのである。そこの瀬戸の火鉢には藥罐がかけられ、今はじめてそれと氣づいたのだが、田舍によく見る口の平べつたく大きな三合入りの銚子がその中につけてあつた。しんしんと鳴つて湯はたぎり、なかの銚子がゴトゴトと低い音をたててゐる。部屋へはいるとすぐに鼻をついた酒の匂ひは、彼らが外から持つて來たもののほかに内からのものがあつたのである。事務所備付けの湯呑みがそのあたりに亂れ、もういいかげん色づいた三
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