やべり出すことでおのれの氣弱さを蔽はねばならなかつた。だがそれに應じてくるものは一人もなく、しかし彼らは彼らだけの言葉と表情で勝手にしやべり始めたのである。――
「まるまる一ヶ月まで阿呆な暇だれをしてしまうたのう。」
 ほーつと肩でする思はせぶりな太い息と共に吐き出したのは、組合の政治部員と黨の幹部を兼ね、今度の選擧には辯士隊の一人であつた山田三次である。
「山田なんざあまだいいわ。もともと口が達者で演説が飯より好きに出來とる男ぢやてのう。今度といふ今度こそはしつかとたんのう[#「たんのう」に傍点]するまでしやべつたやらうに。第一やることがはでぢやわ。――わしを見んかい、わしを! 一日ぢう机の前に坐らせられてよ。鋤鍬持つ手に筆を持つてよ。飯代がいくら、人夫賃がいくら、紙がいくら、墨がいくら、何がいくらかにがいくらと帳面つけぢや。それがてんでお日さんにも當らずとまるまる一ヶ月ぢや。毎日歸るじぶんにや、足が痺れて棒のやうやつたわ。それでも勝てるか思へばせいも出た、敗けたんぢやつまらん。」
 選擧事務員であつた川上直吉がさういひすててごろりと横になつた。
「まあ、さういふな川上、お前の手蹟《
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