した。何ごともなかつたふうに平氣をよそほひ、何ごとにもこだはらぬ態度を全身をもつて示してゐるのだが、顏の筋肉が硬ばり、へんにゆがむのをどうすることもできなかつた。
 障子をあけた瞬間になかでの話はひたと止んだ。杉村はそこへ坐つたが誰もものをいひかけて來るものはない。廣くはない部屋に膝をつき合して向ひながら、一口もいひ出すもののないほどの氣づまりはない。おそろしい暗默の敵意である。どつちか先に口を切つた方が敗けであるやうな沈默の抗爭である。――杉村が敗けた。
「今日は馬鹿に集まりがいいね。……今晩は會議の形式はとらずに選擧の結果についてお互ひに意見を述べあひ、今後の對策について相談しあはうぢやないか。敗けたものはまア仕方がないとして。」
 いひながら刺すやうな多くの視線をからだ一杯に感じ、それまでうつむいてゐた杉村はそのときはじめて顏をあげて一點を見た。かつちり視線の合つたのが、ほぼ正面に坐つて、臆することなく眞直ぐこつちに顏を向けてゐる石川剛造であらうとは! 勝利と侮蔑と嘲笑と憎惡との錯雜にゆがんだ表情は、復讐の快さのうちにふしぎな統一を見出してゐる。杉村は今はとめどもなくべらべらとし
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