は立ち上り、ずり落ちた洋袴を引きあげしつかと革帶をしめ、帽子を眞深にかぶり、あわただしく階段を下りて外へ出て行つた。――
最後に殘つたのは小泉と杉村とであつた。
「今晩は?」と小泉が内かくしから何か小さく折りたたんだ紙をとり出し、杉村に手渡しながら訊いた。
「うん、九時から支部長會議をやることになつてゐる、」と杉村は答へ、受けとつたものを靴下のなかにおしこみながら、ここ一週間逢はなかつた小泉の顏をすぐ眼の前にしげしげと見た。かうしてまぢかに見ると、線の深く刻みこまれた顏だけにさすがに疲勞のあとが色濃くあらはれ、彼の心勞をなしてゐるものの何であるかが一目で知れるのある。二人は彼らだけで話し合はなければならぬ事柄について簡潔な二三の言葉をかはした。押しあひ、ひしめきながら奔騰してくるものをうちに感じながら、杉村は辛うじてそれを咽喉のあたりでせきとめた。個人的には小泉と自分とによつて代表され、――しかしそれはもとより彼ら二人のものではなく、一つの組織のものである、意見、方針にたいする不滿と非難とを思ひつめた言葉でいひ現さうとしたのである。それは從來とても漠然とした形で杉村の内部に芽生えてゐ
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