この組織だつてある程度まで發展して來たときには必ず一度は經過する過程なんだからな。問題はそれをいかに乘り越えるか、どうして内部的對立を單なる對立に終らしめずに發展への足がかりにするか、といふことにあるんだ、――それはわかつてゐる、だが、」杉村は額に手をあててうつむき、大西への言葉が自分自身への低くつぶやくやうな聲に變るのであつた。「おれにこの波がうまく乘り切れるかどうか? おれはそれが不安なんだ、恥しい話だが本音を吐けばそれについての充分な自信がおれにはない。組織人員のふえて行くことにばかり目をうばはれ、有頂天になり本質的なものを見失つてゐた。組合内部に氾濫してゐる小ブルジヨア的な要素におれ自身いつのまにか曵きずられてゐた形だ。そして氣がついて見た時にはもうその矛盾は荒療治をしなくちや解決の出來ないものになつて了つてゐた。君たち若い連中を僕の周圍にしつかり固めようとにはかに努力しはじめたのなんかも、實際泥繩式だといつて嗤はれても仕方がないんだが、……」
「杉村さん、そりやなにもあなたひとりの責任でも罪でもありませんよ。」とだまつてゐた大西がそのときいつた。さつき階下で歸つて來た杉村をとらへてものをいつたときの大西とは別で、圓い顏に微笑をたたへ、もうすつかりおちつきを取戻してゐるやうに見えるのであつた。
「先生は何から何まで、自分ひとりの肩に背負つてるふうに考へなさるから大へんだ。それぢやあんまり苦勞が多すぎなさる。……先生個人の問題ぢやなくて組織の問題ぢやとわしや思ひますけんど。」
杉村は思はずはつとして顏をあげた。この若ものが何氣なく言つた言葉は杉村の虚をつきさす鋭さを持つてゐた。彼は固唾を呑む思ひで次の言葉に耳を傾けた。
「必要ならばどうにも仕方がないから荒療治でもなんでもやりませうよ。」事柄がはつきりした形をとり、あれかこれかがもはや許されぬと知ると同時に、彼はかへつて平氣になつたものらしい。
「けど、乘り切ることが出來るかどうかつて、今にも組合がつぶれでもするやうに先生みたいに心配することはないと思ひますが。やつて見にやわからんことなら今から心配しても無駄ぢやし……、それにわしの考へでは分裂しても案外石川なんぞについて行くものはないといふ氣がします。ついて行つても一時ですね。」なぜさうなのか、彼はそれの根據については説明せずに過ぎて行つた。だが働くものが、
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