おなじ働く仲間を信じてゐる確かさがそこにはあつた。「それから先生、先生の前でこんなことをいつちやわるいが、わしには事務所の書記中心の農民運動はもうだめぢやといふ氣がしますが……、今の組織はその點でまちがつとるといふ氣がしますが。青年部の鬪士養成なんぞもその見地からばかしやられて來て、たとへば先生と今のわしらの研究會ね、ありやほんにためになるけんど、ああやつてちつとまし[#「まし」に傍点]な青年が出て來るとそいつをすぐに事務所の書記に引上げるといふ、今までのやり方にはどうも賛成出來んのです。第一、百姓をやめて町さ來てゐては、部落の衆となじみがうすくなるから今度のやうな時には困るものね。やつぱりあくまでも部落さしがみついて、みんなと結びついてをらんことには……。」
彼はそこで休み、鉈豆に刻みをつめ、口に持つて行つた。淡々として何氣なく言つたその言葉が、どれほどの力をもつて杉村に働きかけたかを彼自身果して知つてゐるだらうか。杉村は感動でほとんど押し倒されさうになつたのである。いつの間にかかういふ大西に生長したものであらう。最後の彼の意見のごとき、つい先日、杉村が小泉と論じ合つたばかりの問題ではないか。
「さうだ、さうだ、それにちがひないんだ。書記中心、事務所中心の農民運動はもうだめなんだ。これからは――」
感情が激してそのつぎの言葉につまるうちに、大西は急に何かに思ひついたらしくにつこりし、まるで別のことをいひはじめた。
「先生も少し休むんですね。だいぶ身體が弱つてをられるやうだから。實際、去年の秋の忙しさからすぐに選擧ですからねえ。息のつく暇もありやしない。何もかも忘れて少しお休みになつたらいいんです。今のことだつてそれほど差迫つたことでもない、差迫つてゐたところであわてたつてどうにもなるこつてなし、――先生、D―温泉ね、あそこはいいですよ、一度あそこにいらつしやい、月十五圓ですみますが。」
それには答へず、杉村はぢつと大西の眼に見入りながらしみじみといつた。
「これからはなんといつても君たちだ、君たちがほんとうの農民運動をやらなくちや。もう一ぺん下から叩きなほすんだ!」それからちよつと間をおいて憂はしさうに聲をおとした。「春の大會はしかしさぞもめることだらうなあ。うまく行つてくれればいいが――」
そして我にもあらぬ感傷のなかにずるずるとずりおちて行く自分をどう
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