にちよつと間をおき、
「組合の解散祝や。」
 とずばりといつてのけ、そしてくつくつと聲をたてて笑ふのであつた。
 一座の冷やかな視線のなかに杉村は蒼くなつた。親愛な仲間はいつの間に忽然としてこの惡意に滿ちた敵に變つたものであらう……おちつかねばならぬと杉村は思つた。興奮してはぶちこはしである。何事を追求してみる要もない。今晩のこの集會は流してしまはう。選擧については觸れず、しばらくはこのままそつとしておくのほかはない……しかし彼のその意志に反して向うが切り込んで來たのである。
「杉村君、」とそのとき山田三次がいつた。何か改つてものをいふ時には君《くん》づけにし、標準語でものをいふのがかつて巡査であつたことのあるこの男の癖である。
「選擧の結果について意見を述べあふやう、あんたはさつきいひなすつたが、あんた自身こんどの選擧の慘敗の原因は一體どこにあると思ふかね?」
「そりや、いろいろな原因はあるが……」
「ふん、いろいろな原因はあるが、その第一は(原文五字缺)でつぎは大衆の無自覺か。相變らずね。杉村君、君らはふだん自己批判々々々々て口癖のやうにいつとるが、結局自分に痛くないやうな批判しかやらうとはしないんだ。今度の選擧の慘敗の原因だつて、今となつては君らにもちやんと氣づいてゐる筈だ、それを知つてゐながら、以前にいつた言葉の手前、率直に認めるほどの勇氣がないんだ。敗けた原因はほかにはない、そもそもの出發點にあるのさ。島田信介を候補者に立てたといふ點にあるのさ。島田信介だなんて、そりや黨の幹部でもあり、えらい人間でもあらう、けど君、ありや全くの他國人ぢやないか。島田はこの縣に何のゆかりがある? この地方の人間と何の馴染がある? そんな人間を立てたかて勝つ見込みのないのは最初からわかつとる。だからわしらここにゐるものの大半はそれに反對したんだ。そしてあくまでも土地のものを立てることを主張し、この地區のみならず、縣全體としてももつとも古い農民運動の功勞者として石川剛造君を推薦したんだ。」そこで彼はちらりと横目ですぐ側の石川剛造の顏を盜み見た。石川は依然身動きもせずぢつとこつちを見つめてゐる。「それを君らが日和見主義だとか、當選第一主義だとかなんとかいつて反對してさ、阿呆らしい、當選を目的にしない選擧運動がどこにありますかい。そして書記會議で何から何までお膳立てをして中央委員を
前へ 次へ
全28ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島木 健作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング