ると紫色に輝いて美しい。病室の障子窓からすぐ手の届く所へまで枝を張つてゐる柿の木が、白い小さな花をぽたぽた落す間を、一刻を惜むやうに忙しげに飛び移つてゐる蜜蜂は、ジガ蜂にくらべるとただ善良な律儀者《りちぎもの》にしか見えなかつたし、山賊のやうな熊蜂は鈍重な愛嬌者《あいけうもの》であつた。贅肉を持たぬひきしまつた体のジガ蜂は事実闘志に満ちた精悍《せいかん》な奴でもあつた。ある時、今天井に舞ひ上つたと見たジガ蜂が、「ぶあん」といふやうな翅音《はおと》とも思へぬやうな大きな音を立てたかと思ふと、急降下で、一直線に落ちて来たことがあつた。それが寝てゐる私の枕もとであつた。その瞬間は、さつきのジガ蜂とも知らず、何か黒いつぶてのやうなものが落ちて来ると思つた私は、顔に真直ぐ来るやうな気がして、思はず右手をあげて払つた。ぶーんと飛んで行つたのでジガ蜂だといふことを知つた。そして彼が急降下で落下したところには、肥えふとつた大きな虻《あぶ》がだらしなく足をすくめてころがつてゐた。つついてみると痙攣《けいれん》でも起してゐるらしい恰好で、しばらくは動けなかつた。この虻の大きな図体の上に馬乗りになり、肢《あ
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