、またこの地方の人々はそれを採集して来て、テンプラの心などにして食用にもいたしております。氾濫の恩恵を受けているのは、ひとりエジプトのナイル河の流域だけだと思っておっては、はなはだ認識不足と申さなくてはならないのでございます。
 この木曾地方にしましたところで、その若返りつつあります木曾川両岸の谷壁の岩山は、すでに盆栽植物の産地として知られており、またこの地方の村々を訪れて見ましても、この地方ほど、その各戸に盆栽の作られている村を私はあまり他所では見受けないのであります。専業とまでしては如何がなものかとは存じますが、副業として将来まことに注意すべきものであろうと思っております。
 話がいつとはなく農山村の産業の方面へ移ってしまいまして、今日の御会合の席にはあるいは御迷惑かとも存じますが、しかし、一方皆様の大多数の方々は直接その農林業に御従事なさっておられるので、私はそれを幸い、いま少し、とくにこの方面について卑見を申し上げ、御批正を仰ぎたいと考えている次第でございます。いま暫く時間を頂きたいと存じます。
 私に申させますと、いったい昨今その農山村で栽培されているものが、「なす」とか「キャベツ」とか、「トマト」とかいったように、あまりにもその蔬菜としても熟化され過ぎたものばかりが、いや、そういったものだけにその栽培が向き過ぎ、是が非でもそれを自分の村で栽培しようとしておられるかの傾向が濃厚過ぎはしないだろうか、とさえ思われてなりません。私は先年、昨今スキー場として知られ出して来ましたあの諏訪の霧ヶ峯につきまして、あそこで何か作って見たいが何を栽培したらよいかという御相談に対し、あの霧ヶ峯一帯の黒のっぺ、すなわち黒土、腐植質土の発達しているあそこに行って見ますと、諏訪地方では「これ」といっておりますが、かの「ぎぼうし」のおそろしい繁殖繁茂振りにヒントを得まして、まずこれをここに畑を作って肥料、肥料と申しましてもそこのヒュッテに泊った客から当然される人糞尿なのでありますが、それを施して栽培したらと申上げたことがありました。ところがそれが次第に成績を上げまして、昨年はついに東京方面からの、それもわずか一軒の某料理店の需要に応じ切れなかったと聞いております。(第1、2図参照)
[#底本ではギボウシの写真入る]
 なにもこれは「これ」に限ったことではございません。前にもちょっと
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