、濁流中で狂気《きちがい》のように立騒いでいる女も見える。融通の利かぬ巡査でも見付けたら、こんな場合でも用捨《ようしゃ》なく風俗壊乱の罪に問うかも知れぬが、今は尻や臍の問題ではない、生命《いのち》の問題である。近来、殆んど連年かかる悲惨なる目に遭い、その上|苛税《かぜい》の誅求《ちゅうきゅう》を受けるこの辺《へん》の住民は禍《わざわ》いなるかな。天公|桂《かつら》内閣の暴政を怒《いか》るか、天災地変は年一年|甚《はなはだ》しくなる。国家のため実に寒心に堪えぬ次第ではないか。
しかるに、走り行く此方《こなた》の車内では、税務署か小林区《しょうりんく》署の小役人らしき気障《きざ》男、洪水に悩める女の有様などを面白そうに打《うち》眺めつつ、隣席の連れと覚《お》ぼしき薄髭の痩男に向い、
「どうです、一句出ましたぜ、洪水に女の股《もも》の白きかな――ハッ、ハッ、いかがでげす」などと、嘔吐《へど》のごとき醜句《しゅうく》を吐き出せば、側《かたわら》の痩男は小首を捻《ひね》って、
「なるほどな、秀逸でげす」などと相槌《あいづち》を打つ。同胞の難儀を難儀とも思わぬ困った奴らである。こんな冷酷な役人根
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