俄《にわ》かに淋《さび》しくなれば数日以来の疲労も格段に覚えて、吾輩は日光の鮮かに照《てら》す汽車の窓から遠近《おちこち》の景色を眺めていると、吾輩に向い合って腰掛けていたのは頬骨の高いハイカラ紳士、物もいわず猿臂《えんび》を伸ばして、吾輩が外を眺めている車窓の日除け扉《ど》を閉ざす。これは怪《け》しからん奴じゃ、他《ひと》の領分の扉を無断で閉ざす奴があるものかと、吾輩は用捨なくすぐに開けると、暫時《しばらく》してまたノコノコ手を伸ばして閉める。
「何をする」と呶鳴《どな》り付けると、
「日が射して困る」と、ハンカチーフなんかで鼻の頭を撫でている。
「馬鹿をいうな、太陽《おてんとう》様《さま》は結構じゃ」と、吾輩は遠慮会釈もなく再び扉を開け、今度は閉められぬようにと窓の上に肘《ひじ》を凭《もた》せて頑張っていると、これには流石《さすが》のハイカラ先生も閉口し、ブツブツいいながら日の当らぬ方へと退却に及んだ。こんな奴は自分で自分の身体《からだ》を弱くしようしようと掛かっている馬鹿者と見える。太陽の光線《ひかり》に当るのが左程《さほど》恐《こわ》ければ、来生《らいせい》は土鼠《もぐらもち》
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