なんじら》ごとき懦弱漢はかえって手足《てあし》纏《まと》いだ。帰れ帰れ」と追い帰し、重い荷物は各自分担して、駄馬のごとく、背に負い、八溝山万歳を三呼して廃殿を立ち出《い》でた。

    (一七)山中マゴツキ

 この時は午前の四時少し過ぎ、東の空は漸《ようや》く白んで来たようだが、濃霧は四方を立て罩《こ》めて、どこの山の姿も分らない。もし濃霧|霽《は》れて、東天に太陽の昇るのを見たならば、その絶景はいかばかりだろうと思うが、今日到底その望みはないので、一行は濃霧中に道を捜しつつ山を降《くだ》って行く。
 登る時には長い時間と多くの汗水とを費《ついや》させた八溝山も、その降《おり》る時は頗《すこぶ》る早い。しかし降《お》り道も決して楽ではなかった。濃霧は山を降《おり》るに随《したが》い次第次第に薄くなって、緑の山々も四方に見えるようになったが、道はしばしば草に埋没して見えなくなる。崖の崩れて進むに難《かた》い処《ところ》もある。赤土の道では油断をすると足を掬《すく》われて一、二回滑り落《おち》、巌石《がんせき》の道では躓《つまづ》いて生爪を剥がす者などもある。その上、虻《あぶ》の押寄せ
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