しかし小言《こごと》をいったとて帰らぬ事、一同は些《いささ》か咽《のど》の渇きも止《とま》ったので、
「サァ明朝《あす》は早いぞ、もう寝ようか」と、狭い天幕《てんと》内へゾロゾロと入り込んだが、下は薄い筵《むしろ》一枚で水がジメジメ透《とう》して来る。雨はますます激しく、開放《あけはな》しの入口は風と共に霧さえ吹込んで来るので、なかなか以て横になる事も出来ない。その内に焚火は天幕の一隅に燃え付いて、天幕は鬼火のように燃え上がる。
「ヤア、火事だ火事だ」と、周章《あわ》てて揉み消す。火の粉は八方に散る。
「これは迚《とて》もいかん。寧《むし》ろ廃殿の中で眠った方が得策だ」と早速天幕を疊み、一同はまたもやゾロゾロと、簷《のき》は傾き、壁板は倒れ、床は朽ちて陥込《おちこ》んでいる廃殿に上《のぼ》り、化物の出そうな変な廊下を伝《つたわ》って奥殿へと進み、試みに重い扉を力任せに押してみると、鍵は掛《かか》っておらず、扉はギーと開《あ》いたので、これは有難いと、懐中電灯の光に中を照《てら》してみると、奥殿の床板は塵埃《ちりほこり》の山を為《な》し、一方には古びた巨《おお》太鼓が横《よこた》わり、
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