の空を焦がすのみ。雨は相変らずショボショボと降り、風は雑草を揺がして泣くように吹く、人里離れし山巓《さんてん》の寂莫《せきばく》はまた格別である。
廃殿の柱や扉には、曾《かつ》てここを過ぎた者の記念と見え、色々様々の文字が記してあるが、中にこんな事も書いてあった。
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「明治四十三年十月二十日、黒羽《くろばね》町|万盛楼《まんせいろう》の娼妓《しょうぎ》小万《こまん》、男と共に逃亡、この山奥に逃込みし筈《はず》、捜索のため云々《うんぬん》――」
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と、捜索に来た人間の名も麗々と記してある。こんな山奥に逃込むとは驚いた女もあるものかな、もしや男と共に谷間へ投身《みなげ》でもしたのではあるまいか、どこかそこらの森林で首でも縊《くく》って死んだのではあるまいかと思うと、余り好《い》い気持はせぬ。
その内に夜はシンシンと更けてくる。しかしまだ寝るには早い。イヤ寝るにも毛布《けっと》も蒲団も無いので、一同は焚火を取囲み、付元気《つけげんき》に詩吟するもあり、ズボンボ歌《うた》を唄《うた》うもあり。風上にいる者は雨の飛沫《しぶき》を受けるだけで我慢も
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