はないので、仕方なく一口やってみたが、これまたしたり! なんだか臭いようで、その塩からいこと夥《おびただ》しい。握飯がこんなに塩からい理由《わけ》はないと、よくよく調べてみると、ああ汚いかな、剛力先生数里の間汗だらけになって握飯を背負《しょ》って来たので、流るる汗が風呂敷を通して尽《ことごと》く握飯に染み込んだ次第、つまり握飯の汗漬《あせづけ》が出来た訳だ。
コリャ堪らん。英雄豪傑の汗なら好んでもしゃぶるが、こんな懦弱《よわ》い奴の汗を舐《な》めるのは御免である。万一その懦弱が伝染しては堪らぬと、吾輩はペッと吐出してしまったが、それでも背に腹は替えられずと、苦い顔をしながら食った連中もあった。剛力は無論自分の汗だから平気である。得意になってムシャムシャ頬張っている面の癪《しゃく》に触る事!
吾輩等は握飯を失ったので仕方なく、コーンビーフの缶詰を切り、握飯の中の梅干だけはまさか汗漬にもなるまいと、塩からい冷肉をパク付き、梅干をしゃぶっている心細さ!
(一三)駆落《かけおち》の落書
このミゼラブルな夕食を終ったのは、午後の九時前後であったろう。夜《よ》は暗く、ただ焚火の光
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