子には重い荷物のハンデキャップが付いている。残念ながら正直に白状|仕《つかま》つる。
 その内に髯将軍は、全身から湯けむり立てて登って来る。続いて未醒子、木川子など、一行は尽《ことごと》く到着したが、例の剛力先生容易に到着する気遣いはない。
 見渡せば、群を抜ける八溝山の絶頂は雲表《うんぴょう》に聳《そび》え、臣下のごとき千山万峰は皆眼下に頭を揃えている。雲霧深くして、遠く那須野《なすの》の茫々《ぼうぼう》たる平原を一眸《いちぼう》に収める事の出来ぬのは遺憾《いかん》であったが、脚下に渦巻く雲の海の間から、さながら大洋中の群島のように、緑深き山々の頭を突出《とっしゅつ》している有様は、実になんともいう事の出来ぬ雄大なる光景であった。泰岳《たいがく》巨峰の風物は人間の精神を雄大ならしめるというが、全くその通りに思われる。
 衣水子は山嶽《さんがく》志でも読んで来たものと見え、得意になって頻《しき》りに八溝山の講釈をやる。
「そもそもこの八溝山というのは、全く海抜三千三百三十三尺という不思議な高さで、山中には三水《さんすい》と唱える金性水《きんせいすい》、竜毛水《りゅうもうすい》、白毛水《
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