い苔の生《む》した断崖からは、金性水《きんせいすい》と呼ぶ清泉が滾々《こんこん》と瀑布《たき》のごとく谷間に流れ落ちている。これぞ八溝川の水源で、この細流に四方の水が合し、滔々《とうとう》として常州の山野を流れ行くのだ。
(一一)先登《せんとう》の自慢
吾輩と津川五郎子とは、百鯨《ひゃくげい》の長川《ちょうせん》を吸うがごとくガブガブ金性水を飲み、太鼓のように膨れた水腹を抱えて胸突き八丁を登って行く。頂上まで殆《ほとん》ど一直線に付けられた巌石《がんせき》の道で、西側には老杉《ろうさん》亭々《ていてい》として昼なお暗く、なるほど道の険しい事は数歩|前《さき》の巌角《いわかど》の胸を突かんばかり、胸突き八丁の名も道理《ことわり》だ。
しかしこんな事に凹垂《へこた》れる吾輩でない、などと先頭に立っているので大いに得意になり、津川子と共にエイヤエイヤの掛声を揚げて攀《よじ》登る。雨は漸《ようや》く霽《は》れたが、流るる汗は滝のごとく、それに梢から滴る露を浴びつつ、帽子もズボンもズブ濡れになって、頓《やが》て六、七町も登って上を仰ぐと、嬉しや嬉しや、頭上には古びた神社の屋根らし
前へ
次へ
全57ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
押川 春浪 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング