とな》らず。
ここに奇妙な事には、昨年日光の山中旅行では、常に凹垂れの大将となり、一行の厄介者であった吾輩、今日はいかなる風の吹き回しか、その元気|凄《すさ》まじく、水戸の津川五郎子と前後して先頭に立っている。ああら有難《ありがた》し、これも腹式呼吸のお陰《かげ》、強健術実行の賜物《たまもの》ぞと、勇気日頃に百倍し、半身裸体に雨を浴びてぞ突進する。こんな場合にいつも先人を争う髯将軍はいかにせしぞと後《のち》に聴けば、将軍、剛力の遅々《ぐずぐず》が癪《しゃく》に触って堪らず、暫時《しばし》叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]《しった》督励していた為に、思わず大いに遅れたという事だ。
だんだん山道を高く登れば、四方に聳《そび》ゆる群山は呼べば応《こた》えんばかり、今まで遥か高く見えた山々の絶頂も、いつの間にか視線と平行になり、更に登ればはや眼下に見えるようになる。その愉快なることいわん方なく、膝栗毛の進みもますます速く、来た処は、音に名高き胸突き八丁の登り口。日ははや暮れかかり、渓谷《たにま》も森林も寂寞《せきばく》として、真に深山の面影がある。
胸突き八丁の登り口に近く、青
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