途《さき》山中に迷わぬものでもないから、なるべく食物《しょくもつ》を残しておけと、折りから通り掛かった路傍《みちばた》に、「旅人宿《りょじんやど》」と怪し気な行灯《あんどん》のブラ下がった家があるので、吾輩は早速|跳《おど》り込み、
「オイ、飯を食わせろ」と叫ぶと、安達《あだち》ヶ|原《はら》の鬼婆然たる婆さん、皺首《しわくび》を伸ばして、
「飯はねえよ」
「無ければ炊いてくれ」
「暇が掛かるだよ」
「三十分や一時間なら待とうが。何か菜《さい》があるか」
「菜は格別ねえだよ。缶詰でも出すべえか」
「缶詰ならこっちにもある。そんな物は食いたくない。芋でも大根でも煮てくれないか」
「芋も大根もねえだよ」
 嘘ばかりいっている。現に裏の畑には芋も大根もあるのに、それを掘るのが面倒なのか、高い缶詰を売付けようとするのか、不親切も甚《はなはだ》しいので、未醒《みせい》子大いに腹を立て、
「止《よ》せ止せ、こんな家の厄介になるな」
と、一行は尻をたたいてこの家《や》を出たが、婆さん一向《いっこう》平気なもの、振向いてもみない。食物《しょくもつ》本位の宿屋ではなかったと見える。
 三、四町行くとまた
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